氷結界の軍事会議

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VTuberが思ってたのとなんか違った話

タイトルのまま。私が勝手に思っていたのと全然違くて勝手に絶望した話。「にじさんじ」という言葉はよくTLでみるが、それがいったいなんなのかもわからない雑魚の戯言。(にじさんじVTuberがいっぱい属してる会社の名前だと思ってるけどあってる?)

 

文章力がなく、伝えたい気持ちを上手に表すことができない。全くもって意味不明な文なので、それを覚悟して読んでほしい。正直時間の無駄だと思う。

 

仲良しのフォロワーやリア友にもVTuberファンがいると思う。Vに対して批判的な内容なので、今このページを閉じるか、もし読んだとしても仲良しのままでいてほしい。頼む。

 

Vと私

正確な時期はよくわからないが、VTuberというのが流行り出した。私は詳しくないので、キズナアイが1番最初だと思ってる。その次あたりに、ミライアカリ、かぐやるな、シロイルカ?、のじゃロリおじさん?あたりがくるだろうか。それから、バーチャルお婆ちゃん、なんか馬かぶった人などがよく拡散されていたように思う。Vはだんだんゲーム実況も始め、ゲームを専門にするVも出てきた。(後にゲーム実況以外もしているが。)当時、ポケモンのゲームにはまっていた私は、ポケモン中心にプレイし、キャラもシンプルにかわいいと思ったピンク髪の子をフォローした。その頃はまだそこまで有名ではなく、フォロバもしてくれていた時代。現在は90000人ほどフォロワーがいるが、フォロバしているのは1000人ほど。その中で相互でいることに少し優越感をおぼえる。古参だから偉いの?相互だから何?本当にその通りだが、結局全てのオタクはこれに優越感をおぼえるだろう。現在、彼女の動画を見ることはあまりないが、彼女がツイートしているとふぁぼってしまう。まだ物理的に手が届くライブ会場でパフォーマンスしていた頃から追っていたアイドルのオタクが、でかいライブ会場の後ろで腕組みをして無言で観ているイメージが近い。話がずれてしまったので戻る。ポケモンのVをフォローした後、順当にいけば彼女にハマり、Vにもハマるだろうと私自身の未来を予想していた。しかし、そんなことはなかった。

 

ハマれなかった私

逆張り

原因はいくつかあるが、1つ目は私が「典型クソ雑魚逆張りオタク」だったことだ。これは本当に厄介である。自分でもそう思う。逆張りに近いものとして、マイオナが挙げられる。思えばポケモンでもマイナーを使い、環境ポケを毛嫌いしていた。しかもあれだ、マイナーで環境パに勝った時は調子に乗り、負けた時は「まあこっちはマイナーだからしょーがないよね」と言い訳をする類。人類史上最低最悪のオナニー。本当に典型ゴミ屑の自覚がある。終いには「ダイマックスを使わないで勝つのが美学」とまで考えていた時期もあった。(ただ、公式キャラでダイマックスを使えるのに使わないキャラがいるのが救い。陰で崇拝している。)逆張りでいえば、「鬼滅の刃を見ない」が最近のトレンドだろうか。これは逆張りクラスタあるあるだが、結局数年後にそのコンテンツに手を出す。だが、その頃にはもう語れる友も欲しいグッズも手に入らず後悔する。今回のVでも「逆張り」が発動してしまったのだ。これだけ盛り上がっているのだから絶対に面白い。でもこの逆張りが勝手に発動してしまうのだ。不可抗力、生まれつきの特殊能力、悪魔の呪い。逆張りオタクの多くは流行り物にのれない自分自身を恨んでいる。逆張りは病気。「逆張り」の他には「ミーハー」という人種も存在する。どちらも本当の「ファン」からは嫌われる存在だろう。ただ、ミーハーはそのままファンに進化する可能性が逆張りよりは高いし、逆張りより生きてて楽しいと思う。

 

実写じゃなければVTuber

2つ目の理由は、あまりにもVの定義が広くなりすぎたことだろうか。キズナアイなどの3Dモデルは正直すごいと思った。だが、だんだん大バーチャル時代になると2Dも現れ、さらにはただ絵を貼っただけのやつも出てきた。VTuberとは?「じゃあVじゃないふつうのゲーム実況者が2秒で描いた適当な顔の絵をゲーム画面とともに画面に映したらVなのかよ」とか思ってた。「絵を貼った生主」だれかがそう呼んだ。その通りだと思った。そんなことを思いながらも、私はあるVの生配信にちょくちょく顔を出していた。そいつはほぼ絵を貼っただけのVだった。そして知名度は皆無の底辺だった。その頃私はシャドウバースというゲームにハマっていた。デジタルカードゲームと呼ばれるやつだ。その配信では、そのVとシャドバの対戦ができたのだ。V相手関係なくワイワイやる対戦が楽しかったこと、もしその底辺が有名になった時にワンチャン古参面できること、単純に生配信してるやつを倒すのに快楽を得たこと、さまざまな理由が混ざりその配信に参加していた。結局、私がシャドバに飽きたこと、そのVが他のゲームの実況ばかりになっていったことでだんだん見に行かなくなった。そして現在そのページに行ってみると最新動画が7ヶ月前になっており霊圧が消えていた。このような底辺がアリのようにいるのだろう。。。3D、2D、絵、なんでもいい。とにかく「実写じゃなければVTuber」というのがなんとなく気に入らなかったのだった。もしかしたら気に入らないやつをあっちのフィールドで叩きのめせる快楽が1番大きかっただろう。「実写じゃなければVTuber」これを許容しないとVの世界には入れない。私は無理だった。

 

なんか思ってたのと違った

3つ目の理由、これがたぶん1番大事。これまでの2つは私の感情を一方的に投げただけだったのだが、3つ目のこれは共感してくれる人がいると嬉しい。でもほぼいないだろう。ほんと、いたら嬉しいな、程度。

 

VTuberの中にもいろいろな種類がいた。やってみた系の動画で芸人のようなV、まるでアイドルのように歌を歌うV、ゲーム実況をするV、他にももっともっといろいろあるだろう。現実世界でもアイドルがいたり、俳優がいたり、歌手がいたり。全てを合わせて「芸能界」という世界が創造されている。まさにこれだった。デジタルの中に世界が創造されていくのだと勝手に思っていたのだ。その世界は、現実とはいっさい接点がない新しい世界。そのうち、「現実世界でいうタモリ」のポジションのVや、「現実世界でいうマツコ」のポジションのVが現れ、YouTubeの中に「バーチャル芸能界」が構築されると思っていたのだ。だからV同士のコラボはいわゆるバラエティ番組のような配信になるのだろうと思っていた。バラエティ番組は俳優もアイドルも歌手も共演するでしょう?

 

ある日、いつものようにダラダラとTwitterを眺めていたら流れてきた。内容はざっくりだが、こんな感じだった。

VTuberという文化は素敵。今の声優業界は競争率が高く、すぐに落ちぶれてしまう。でもそんな落ちた声優でもこのVTuberというコンテンツで返り咲けることがあるのだ。」

あぁ、たしかに良い話だ。たくさんの夢ある人が救われる。中の人を応援したくなる。中の人を。

そこで気づいてしまった。所詮VTuberは現実の芸能界から落ちた声優や俳優の受け皿として存在しているだけなのだと。いや、私が知らないだけで、ずっとそうだったのだろう。有名なVたちも全て一般人ではなく、咲けなかった、もしくは落ちぶれた芸能人や芸能事務所の底辺の成れの果てだったのだと。現実とは一切接点がない「新世界」を勝手に夢見た逆張りオタクが勝手に死んだだけの話。

 

ついでに

「VはVの存在であってほしい」

これはほんとうに戯言の中の戯言。

よくTwitterで「◯◯に行った!」とか「◯◯食べた!」とかの写真をアップするVがいる。なぜバーチャルの人間が現実世界の写真をアップするのか。ほんとうにわからない。3Dモデルのハンバーガーをアップするならわかる。現実世界を感じさせないでほしかった。結局、中の人じゃん。でもVTuberファンの人たちがそれで盛り上がっているなら、口出しすることじゃない。ほんとうに戯言。

 

「何が嫌いかより 何が好きかで自分を語れよ!」

この文を書いている途中、何度もこの言葉が頭をよぎった。

 

最近だとまたVが炎上してるらしい。正直Vの炎上をみるとニヤニヤしてしまう。(性格が悪いので。)そして同時期に、あるVがマスクの話の中で「化粧ついちゃう」と発言し、それをきいたファンがワンワン泣いてしまった。という話。あー。なぜVはVに徹しないのだろう。そりゃワンワン泣くわ。

 

人はそれぞれ楽しいと思うことを楽しめば良い。でもなんとなく文に書いてみたかった。それだけ。あと、ピンクの髪の子、応援しています。頑張ってください。